「 雛罌粟(ひなげし)の くづるゝまへの 色揃ふ 」 檀浦蕗子
児島善三郎 「虞美人草」 1940年 45.4x53.0cm
毎朝犬と散歩する公園の花壇にめずらしく大輪の虞美人草が植え込まれています。最近は野生に戻ってしまったような小さな花弁のしか見かけなかったので、なんとも嬉しくなりました。祖父が荻窪に越して行ったあとも家の花壇の周りにはこの時期になると虞美人草が矢車草や露草と一緒に繁茂し、初夏の風に細い茎やシフォンのように薄い花びらを静かに揺らせていました。音も無く散った朱色やピンクや薄紅の斑が入った白の花びらを教科書や参考書の間に挟んで押し花を作ったことを懐かしく思い出します。ページの間で乾ききった花びらは質量を忘れてしまったように軽やかで、口を細めて息を吹きかけるとふわりと浮き上がります。
児島善三郎は国分寺時代に数多くの虞美人草を描いています。室内で花瓶に投げ入れるとすぐ水揚げしだし、茎や花弁がゆらゆらと勝手な向きに動き始めます。そして、次の日の朝にはほとんどの花びらがテーブルのうえにちり積もっています。なんとも扱いにくく、描きにくい花だったことでしょう、支える枝はあまりにか細く、開ききった花はアンパンマンの顔のように大きいのです。小さなリモージュの花瓶に不釣合いなほど大きな花のマッス、バランスを保たせるために思い切った破調を文楽や歌舞伎の黒子のように画面四方に配置しています。この花を描いた作家や作品を他にはほとんど見かけたことがありませんが、今画廊には福井良之助の芥子の作品が掛かっております。
美校時代に同級生だった叔父を訪ねてきた折に感興を覚えられたのではと思います。後に何点も描いていますが、初期のこの作品以上のものはないような気がします。
市場から
大変な時代になりましたね。高地で炊飯しているようにいくら焚いてもお米の芯がなくなりません。水は沸騰しているように見えても実は100℃にはなっていないからです。経済も似ているようです。不良債権という減圧要因がなくならない限りふっくらとは炊き上がらないようです。まさにヨーロッパが生煮えです。さて、今回は「発句」についてお話しましょう。交換会などの競りで会主や競り子が売り手の品を前に最初にかける一声の事をそう呼びます。他の客がいきなり声を掛けるのを「横発句」などといいます。また、その一声だけで後の声が出ずそのまま落札されるのを「発句落ち」と言います。いずれにしても、売り手にとっても買い手にとっても非常に重要なものです。あまり発句が高いと次が出ませんし、低すぎると何か問題があるか、目垢の付いたものかなどと詮索されます。丁度良い頃合いを突くと、「名発句!!」と声が掛かります。当然その時の景気に左右されることは言うまでもありませんが、滅多に出る事の無いような名品が出てきたときなどは「お見事!!」というような高値が飛ぶ事もあります。品物を生かすも殺すも「発句」次第、「発句」が良いと続く声もポーンと伸びます。それを「きれいな鑓(ヤリ)だ!!」とまた囃し立てます。残念ながら最近の市場ではあまり元気な発声にお目にかかれません。
今月の新着
三木富雄 EAR PINK CHEROKEE 1964
画廊での展覧会には拝借して陳列した事はありましたが、ついにわが手中になるとは。強烈な念波を発散し続けています。展覧会「三十年目の三木富雄」展のために峯村敏明氏に書いてもらった文は「三木富雄が、おびただしい数の耳の作品と、まごうかたなき天才の徴候、そして悲運・自傷の記憶とを残したまま、心身ともに病んで事切れたのは、・・・」で始まっています。フォークがランダムに突き刺さっているこの耳を見ると、まさに「自傷」そのもののように思えます。わが子への虐待と同じように、マゾヒズムを表現にするにはサディスティックにならざるを得ないのでしょうか。
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