2010年10月21日木曜日

2010年10月号

     

         匂やかに少し濁りぬ秋の空   高浜虚子





児島善三郎 「初秋の中ノ島公園」 1946年 65.0x80.5cm




中島公園・札幌 109日の朝


写真家の土屋紳一君と一緒に10月の8日から一泊で札幌と函館
へ善三郎の作品を求めて撮影に行ってきました。札幌での一泊はノボテルというヨーロッパ系のホテルで、掲載の絵の中島公園の 傍らにあります。翌朝7時頃に公園へ出ると、絵とは違って薄曇でしたが、空気はさすがに凛としていて秋そのものたたずまいで した。昭和21年10月善三郎は初めて札幌を訪ねています。 野口弥太郎氏の伝手もあったようですが、当時この公園の近くに大きなお屋敷を構えていた中根邸にお世話になったようです。中 根氏は善三郎の実家と同じ紙商を営んでいて北海道在住の洋画家たちのパトロン的存在だったようです。中根氏の奥さんやお嬢さんの肖像画も描いています。物資欠乏の東京と違って酒や食べ物も豊富でその上絵も売れるし、上機嫌で十日の予定が一ヶ月にも 延びたほどです。その上、大久保氏への手紙には翌年には札幌に アトリエを建てたいと書いているほどです。事実翌年も6月から なんと5ヶ月も滞在しています。「初秋の中ノ島公園」はこの間にかかれた作品のようです。体調を崩しながらも9月には個展も開催したようですが、北海道の経済も徐々に下降してきていたよう で成績はぱっとしなかったようです。そのせいかアトリエの話も 立ち消えとなりました。今回撮影した作品の中にもゴヤの絵を思 わせるような、中
根夫人を描いた素敵なサムホールが一点ありました。



 市場から

「ガラパゴス」というネーミングの携帯電話機が発売されるそうすが、こういう開き直りはユーモアがあって面白いですね。ガラパゴス化とは閉鎖された環境の中で文化や技術が独自の進化を遂げて、他の環境や地域とは別の枝葉を繁らせてゆくことをすことだと思います。日本の文化、芸術について同じように考察してみると、先ず縄文時代からが古代インダス文明を除いたらあまり世界に例を見ない重厚な発展を見せ、そういう土台があるから弥生も古墳も頑張り、正倉院に代表される大陸からの文化もやすやすと受け入れ我が物にしてしまいました。時代は飛びますが、江戸時代の鎖国制度と200年を越す無戦争時代は我国文化のガラゴス化にとって決定的な進化の推進役を果たしました。その間に庶民の目も能や歌舞伎、文楽、浮世絵、大和絵、身近な工芸品などを通じて異常なほどの高レベルまで高められました。今、私たちが持っている審美眼も、それら先人たちから受け継いできた有り難いものなのです。ケータイの開き直りのように美界もガーンと開き直りましょう。日本の美術は必ずやアジアや途上国の手本になるし、羨望の的になること間違いなしです。日本の美術は世界では通用しないだとか、売れないだとか、自らの中で自家中毒的に考えているんじゃないでしょうか。金融もんでくるし、このデフレの底でいいものには逃さず買いを入れましょう。9月25日の全美相の大会では、残念ながら1000万円を越すものはありませんでしたが、4時間あまりで2億5千万円の出来高がありました。





    今月の新着




村上華岳 「釋迦佛」





児島善三郎「西伊豆」10F キャンバス/油彩




どちらも夏を挟んで仕入れたものですが、表具を直したり、クリーニングをしたりで見違えるほど素敵になりました。「西伊豆」の方はマイデザインで白の胡粉磨きの太巾の額を発注し、出来上がりを楽みにしているところです。そんな按配で今月の新着とさせていただきました。村上華岳の釈尊図は家宝にしたくなるほどの名品です。




 画集編集室便り

冒頭でご報告のごとく、着々と作業は進んでいます。ご所蔵家の皆様のご協力に心から感謝いたしております。私自身の中でも、未見の作品に出会うたびに祖父の画業の奥の深さに改めて感動する事も少なくありません。只、当然のことですが、デジカメやスキャナー、高性能プリンターを駆使しても原作の色彩を表現る事は、まさに不可能と言えるでしょう。少しでも実作に近づけて感動をお手元にお届けできるよう、スタッフ一同研鑽を積みながら頑張って行きます。




株式会社 兒嶋画廊

〒106-0032 東京都港区六本木 7-17-20 明泉ビル201
TEL & FAX 03-3401-3011
E-mail  eakojima@gmail.com
URL  http://www.gallery-kojima.jp/