2010年5月21日金曜日

2010年5月号

       

         「春過ぎて 夏来にけらし しろたえの 
                 衣ほすてふ 天の香具山」 持統天皇




筒描、型染夜着くずし、筍紋
      

                    筒描夜着 蝶紋



絵と布の歳時記ですのに絵ばかりが続いてしまいました。たまには布を御紹介させていただきます。掲載は夜着と夜着くずしで、季節柄「筍」と「蝶」の図柄を取り上げました。夜着は年配の方はご存知ですが、掻巻(かいまき)とも呼び寒い地方では厚い布団の上にドテラを伏せたように掛ける袖つきの掛け布団です。こんな派手な意匠は恐らく嫁入り道具だったろうと思いますが、家紋にしても意匠にしても身の回りの自然を等身大に捉え身に纏うのが日本人の情緒の気質です。思えば、この五年ほどの間に随分沢山の藍染の古布、襤褸、絞り、裂織り、刺子、筒描き等を憑かれたように集めてきました。特に夢中になったのは襤褸です。衣服にしろ布団、炬燵敷等が日々使用され磨耗し、毛羽立ち、そこをまた繕われ、継ぎ接ぎにされ、合体し、まるでフランケンシュタインのようになって、あたかも別の生命を与えられたようになった布たちなのです。日常の煩悩と人々の慈しみの塊のように思えます。


市場から

ギリシャ問題から超乱高下した株価もいつの間にか落ち着きをとり戻しているようです。さて、美術の話題ではピカソがフランソワーズを描いた、たいしたことのない絵が100億円、ジャコメッティーの人物像が80億円、ウォーホールの最晩年の自画像が約50億円、などなどオークションレコードが目白押しです。なんか気持ち悪いですよね。余程世界の超お金持たちは自国の通貨や基軸通貨と呼ばれている貨幣を信頼できないのでしょうね。ハイパーインフレ、決して起きてはいけない現象です。でも人々は実感し始めているのではないでしょうか。世界の政府が確固たる担保なしに緊急経済対策と称して輪転機が煙を出しそうになるほどお札を刷っているのを。千年の闇、それだけは御免被りたいものです。我国の美術界は一人、侘びさびの美意識をもってデフレ茶会を催して居ります。さすがと思って、一服如何でしょうか。


今月の新着

前身頃



後身頃

冒頭にも書きました襤褸の代表格です。袖は取れてしまっていますが
やはり夜着のインナーだと思われます。



拙句を一首

「若竹はころも脱ぎつつ背をのばし」  丸子(がんす、兒嶋の俳号)
朝方、犬の散歩の途中に見掛けた初夏の風物を、大好きな福田平八郎の「筍」図を思い出しながら。五月は節句月でございます。平にお赦しを。



株式会社 兒嶋画廊

〒106-0032 東京都港区六本木7-17-20 明泉ビル201
TEL&FAX 03-3401-3011
E-mail eakojima@gmail.com
URL  http://www.gallery-kojima.jp/








2010年4月21日水曜日

2010年4月号

         

「春の海ひねもすのたりのたりかな」  蕪村


児島善三郎 「熱海の桜」 34.0x42.7cm 紙本 岩彩


国道を熱海から宇佐美に向かって行くと錦ヶ浦を過ぎる頃から海岸線の崖の高さが急に増して来る。赤根崎あたりが一番高く崖も急峻である。熱海は箱根とともに善三郎が最も多く取材した地で、伊豆山も気に入った場所だったようだし、錦ヶ浦を左手に真鶴方面を描いた名作もある。又、海を入れずに山手の丘陵の別荘地を書いた作品も何枚も手がけている。晩年に描いた「熱海夜景」二点は特に名作の誉れが高い。この桜の絵に戻ると、海面からの高さが実に良く描かれている。桜の枝のしなり具合が誘導的役割を果たしているのだろうが、クレーの絵のように入り組んだ絵の左半分と海面のみの右半分との反発力も大きな力になっているようにも思われる。絵を描いていた下の叔父から聞いた事だが、満開の桜を描く時には幹をブラックで描けと言われたと言う。常緑樹の葉の緑とその黒の対比も鮮やかで、目もくらむような崖先にイーゼルを立ててでも描きたかった構図だったのだろう。現場では10号の油彩画であるが、後作のこの岩彩画の方が、春の海の眠たげな感じや木々の緑青の緑や花の感じも良く出来ているように思う。
「どうだ、俺にしか描けん画だろう!!」と言っているようだ。



市場から

「六分の一の世界」

六尺の偉丈夫が一尺の物差しの丈になってしまったらどうでしょう。街や家はそのままで身の丈だけがガリバーの反対のように縮んでしまった。水を飲もうにも台所のカランに手が届かない。ベッドに上るにもはしごが要る。日常の瑣末な事を済ませるのに大方の時間を使ってしまう。サイズが変わると時の流れ方も変わって来る。アインシュタインが明かしたとおりのようです。「象の時間と蟻の時間」いう本が話題を集めた事が有りましたが、縮小した世界を生きる人々は蟻のようにせかせかと歩かなければ移動すらままならないのでしょうか。こんな事を書いているのはデフレ、デフレで絵の値段がリーマンショックの一年前と比べて約六分の一になってしまっているからです。勿論全てがそうなったわけではありませんが、1991年頃のバブル期と比すと確実に十分の一ですから、そんなものでしょう。考えようでは今が買い時かと、これまでは手の出なかった作品を市場などで買っています。とまれ毎日のように中央線に飛び込む人が後を立ちません、人の寿命さえ短くなってしまうから早くデフレを終わらせなければいけません。頭が悪いので良くわかりませんが、子供の頃は時間がゆっくりと流れていたんだから、今も時計はゆっくりと回っているということなのでしょうか。こんなこと桜吹雪の中の幻夢であればいいのですが・・。


今月の新作


児島善三郎 国分寺風景 10号変 1938年頃

昭和十年代前半の国分寺は近郊の別荘地だったようです。今は都立公園になっている岩崎別荘、日立の中央研究所になっている今村別荘、また住宅地に変わってしまった天野別荘などなど。この絵の画面左に描かれている東屋のように見えるものはアトリエのすぐ近くに建っていた現地売り出しの為のお休み処だったそうです。この絵は分厚い古キャンに描かれており、そのテクスチャーが画面に微妙な効果を醸し出しています。画集では白黒で見ていましたが、空の色と緑がとてもきれいな作品でした。


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2010年3月22日月曜日

2010年3月号


「目を細め青麦の風柔かし」  富安風生


児島善三郎 「麦畑」 10号 1952年頃 個人蔵


国分寺から荻窪へアトリエを移して間もない頃の作品でしょうか、新しい画風を模索し大胆な挑戦をしています。国分寺では野川の河岸段丘を挟んで田圃が広がり、アトリエのあった高台からの鳥瞰的構図や川沿いまで降りていって地べたすれすれの狙撃兵のような目線などさまざまなアングルが自在に使えましたが、新しいアトリエの周りはただなだらかな斜面が続く欅や橡の大木を除けば空ばかりが大きな、絵にするには難しい地勢でした。この絵は写真でいえばかなり短いタマ・広角レンズで地べたすれすれから狙った構図です。そのままなら遠景の家々や木々はずっと小さくなってしまうことでしょうが、そこは絵では何とでもなります。正確にはわかりませんが、この時期には画壇ではもう抽象画がかなり多くなっていたと思います。1960年ともなれば具象画はまことに肩身の狭い思いを強いられる事になります。この絵も画面下三分の二はほとんど抽象画といっていいでしょう、ナバホインディアンの毛布のダズリング模様のようにも見えます。常に新しい日本の油絵の創出を標榜してきた善三郎は躊躇いません。この後もミモザの花や熱海夜景でこの試みは生かされてゆきます。富安風生はホトトギス派を代表する俳人で高浜虚子の門人です。構図を狙っている時の善三郎の姿が目に浮かぶ句です。


市場から

3月は15日の洋画商協同組合、25日の全美相と交換会の大会が続きました。大会とは会員だけでなく招待者も呼んで、なるべく名品を持ち寄って出来高を伸ばうという試みですが、最近のように月例会の出来高が細くなっているときには勢い期待が高まります。種々の経済指標や株価は一時より大分よくなって来ているようですが、美術市場は薄日が差し始めたかどうかといったところです。両大会とも出来高は最盛時の四分の一といったところです。一千万円を超える商品もほとんどありません。号外でお知らせのようにニューヨークへ久々に行ってまいりましたが、彼の地でも冷え込みは依然続いているようです。チェルシー地区の画廊街を初めて訪ねてみましたが、人影はまばらな上、有名な画廊を覘いても展示はまったくお粗末な内容です。スター不在の中、学級崩壊を思わせるアートシーンでした。でも、二つだけ素晴らしい出会いがありました。一つ目はダミアン・ハーストやムラカミで話題を集めたガゴシアンギャラリーでアメリカ彫刻界の最高峰デイヴィッド・スミスの展覧会が開催されていた事です。もう一つは名前を覚えていない画廊でですがジャクソン・ポロックの10号の油絵、ドリッピングになる少し前の作品に出会ったことです。思わず作品の前で釘づけになってしまい、値段まで聞いてしまいました。スピードと刺激から、見応えのある作品へと保守回帰は確実に広がってきています。


今月の新着


福井良之助「晴着」6F



                          福井良之助「山間の冬」サムホール

先月に続き福井先生です。正当に評価される日は近いと信じています。「舞妓」と「雪景」どちらも人気図柄です。


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2010年2月22日月曜日

2010年2月号

    
    福井良之助 椿 二題     
    「寒椿 落ちたるほかに 塵もなし」 篠田悌二郎





福井良之助「椿」10号



                        「椿」3号



福井良之助が描く絵の背景は、小さな空間がひとつひとつ重なり、絡み合い、あたかもローアンバーの雲母(キラ)を袋張りしたような世界である。それは静寂そのものだ。そのうす茶や漂色のミルフィーユの中に蝸牛や紫陽花,貝殻、魚の骨、エプロン姿の少女や苺、葡萄が折々に漂う。花の場合は圧倒的に椿がよい。虞美人草やカンナもよいが椿の花首が音も無く落ちるとき、どんなにふんわりと受け止められ着地するかが容易に想像できるからだ。引用の句はまことに視覚的な句である。椿林の中が一面に積もった散華で埋め尽くされ他には何も見えないシュールな光景と、福井の絵のアンバーの積層と同じようにか、月面の無風の砂漠の砂の上のようにか、とにかくやさしく静かな世界に真紅の花首がすぼめた唇のようにそっと置かれている光景との両方が同時に目に入ってくる。作者の篠田悌二郎は明治32年東京生まれ、秋桜子の門人で馬酔木同人。句風は甘美流麗、繊細、叙情的とある。納得が行く。椿といえば、鎌倉にあった福井家の四月の庭を賑わしていた大輪の「明石潟」や真紅にひとひらの斑が入った「乱拍子」を懐かしく思い出す。

「無常と背中合わせの一夜の賑わい」家でも外でも人が寄るのが大好きな先生でした。



市場から

株は上がったと思ったらまた下げましたね。サブプライムの残り火はタバコの焼け焦げが布団の中の古綿に潜み忘れた頃に燃え上がるように、あちこちに飛び火して悪さをするようです。美術の世界はわが国では散々ですが欧米市場のごく一部の高額商品と中国物は相変わらず元気です。送られてきたサザビーズのカタログを見ていると急上昇しているのはジャコメッティーの彫刻、ピカソの優品、エゴン・シーレ、クリムトなどが目立ちます。コンテンポラリーの世界はそれなりに堅調ですがスーパースターはアンデイー・ウォーホール以来もう何十年と出ていません。そのことは市場自体の脆弱さにつながっています。いうなれば、ヒット曲の無い歌謡界のようなもので懐メロで場を持たせている感じです。いくら捏造しても、真に実力のある作家でなければすぐに馬脚をあらわしてしてしまいます。今、水面下で行われているのはグローバルなスーパースター探しだろうと思います。
また、新たな市場構成商品も求められています。市場から魅力溢れた商品が消えていっているのです。私と彫刻家三澤憲司氏とのコラボ「阿羅漢子」 にもNYの高名な画廊から問い合わせが入ってきています。ここが勝負どころと、来月には作品を持って三澤氏と一緒にNYに行ってまいります。請うご期待。



今月の新着



村上華岳 「菩提達磨」 紙本・軸装・共箱


華岳最晩年の作品と思われます。青墨とプラチナ泥で描かれた達磨大師のお顔の表情は厳しい中にも人間味溢れるものが感じ取れます。1月25日の全美相に出品されたので阿羅漢子展の記念に求めました。

華岳は坂本繁二郎や須田国太郎らとともに我国画壇では哲学的絵画、仏教的絵画、また幽境を描くことが出来る画家として高い評価を受けています。菩薩像はじめ六甲付近の山嶺、墨牡丹などが有名です。


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2010年2月18日木曜日

初富士にかくすべき身もなかりけり 中村汀女

児島善三郎 「冨士」 着色水墨


明けましておめでとうございます。

今年も一年よろしくお付き合いのほどお願い申し上げます。

年明けの新聞の論調などは「どうなる日本」「どうする日本」ばかり。海外の論客には「大丈夫でしょうか、日本このままで」と聞きまわる。サービス精神旺盛な諸氏は「高度な技術力、先進環境対策など、まだまだ日本は」と新年のリップサービス。日本だけが世界から置いて行かれてしまいそうなんて心配しているようですが、徳川時代には200年鎖国していても何とか内需で食いつなげたじゃないですか。

富士山でも田んぼの案山子でもひとりで突っ立ているものには風あたりが強いのがあたりまえです。日本人は倹約は美徳であるとか、腹八分目とか、唯足るを知るとか、デフレに強い精神を持っています。世界で一番とか二番じゃなくてもいいじゃないですか。そんなことより、この汀女の潔い句を小沢さんはじめ政治家の先生たちにお年賀としてお送りしましょう。買わなくてもいいものを買い物籠に入れてしまったような気分です、棚に戻しに行こうかなっと

今月の新着

児島善三郎「読書する婦人」 61×45.4cm 1925-28年頃

滞欧期の作品。茨城県美所蔵の黒い帽子をかぶった婦人像と同じモデルでどちらもコスチュームです。ポーズは善三郎には珍しく、黒田清輝も描いている伝統的読書像です。近代女性を知的に描いています。

市場から

新年は株高から始まりましたね。大和證券によると寅年の相場は景気後退期となるが買いの大相場だということのようです。

美術市場は相変わらず暗雲が立ち込めています。日本の美術市場は長い間、業者だけで構成される交換会という場で作られてきました。もともと銀行がお金を貸してくれる業界ではなかったので、業者同士で商品を持ち寄って売買しお金を融通しあう講のような場でした。ほとんど世界に類のない組織で、長所としては丁稚修行した若者が乏しい資金でも開業できることなどが上げられますが、バブル期には顧客不在のバカ高値、不景気になればしぼんだ風船のような相場になってしまいます。市場には原理があり自由があり命さえあるが如く経済学では論じられますが、果たして本当なのでしょうか。業者の思惑や懐具合で作家や所蔵家の財産価値が決められて良いわけはありません。米作り農家が半年近く精魂込めて作ったお米が出荷すると米相場で赤字になってしまう。やはり変です。市場原理という言葉の中には、犯罪に値する詐欺行為を悪徳商法と呼ぶことと通じるものがあるように思えます。とはいえ、市場を戦時下の統制経済のように国家管理することなど勿論論外ですが、強欲と失望の暴走をどうにかしなければなりません。今、世界の金融界でもそのことが問題になっています。規制か放任か性悪説と性善説が凌ぎ合う。

21世紀の市場の有り様はどうなるのでしょう。中国も欧米も高額美術市場は今も沸き立っています。人類は新たな知恵を得ることが出来るのでしょうか。