2009年12月15日火曜日

2009年12月号

             
                                 暮れの雪 水にもつむる けしきかな  青蘿


阿羅漢子「暮雪」


山から里へと雪がしんしんと降り積もります。暮れ行く僅かの間の白と黒の無音のページェントが見えてきます。




                
               三木富雄 EAR No.U02 1970



もう三年以上前のことですが、彫刻家三澤憲司氏にこう問いかけた事がありました。ご自分の名前も出さず、筆も使わず、個性も没し、唯、万象を映す一本の管と一枚の鏡となって水墨画を作って見ませんかと。目隠しをし、手を縛り、猿轡をしたような状況で、ひたすら自然界と宇宙の気韻生動を紙の上に念写するような事をです。一休さんの謎かけみたいです。なんと、氏はやってみようと応えてくれました。私がこんなサディスティックな提案をしたのには勿論わけがありますが、ここでは省きます。試行錯誤、生みの苦しみが続きましたが、何とか目途がつき本年三月に銀座洋協ホールで一回目の発表会を行いました。しかし、来たぁツ!!と感じたのは六月の終わり頃でした。夥しい反古の山のなかに、破れた筋肉組織の断面のような皺面の中からこちらを覗き見る目が現れてきたのです。それを境に新しい瀧の姿や、宇宙から送られてくる暗黒星雲の写真のような、うねりと噴出を伴った不思議な造形がつぎつぎと出てきました。それまでの筆や木の枝といった道具を使った技法から、やっと見えてきたのはやはり水でした。すべてを潤し、清め流し、削り、写すめぐみの水、時には荒れ狂い街も生命も奪ってゆく恐ろしい水。最近ではウォータージェットメスなど石を切り、又やわらかい肉や臓器も切る事が出来るすごい水も出てきました。こんなスーパーメディアに気が付いたのです。用紙の高低、含湿度、撥水性、紙の繊維の毛細管現象など紙と水と墨の間に相関する現象に開眼できたのです。火山のマグマ噴出孔や温泉の源泉池や我々の体内や宇宙空間で起きていることと同じ事が画面上に現れてきます。三沢さんの師匠で耳の彫刻家として有名な三木富雄も熔けたアルミニウムの流体の中に石膏を投げ込んで爆出する形を作品にしています。見えない管が開き、心の鏡に投影される像が次々と送られてきます。画禅一如。この半年の成果を新年に問います。ご期待ください。

阿羅漢子 墨画研究発表 「禅&DaDa」

2010年1月28日(木)~30日(土)
会場:銀座洋協ホール 中央区銀座6-3-2 
ギャラリーセンタービル6F


市場から


まずは先月号でお伝えしたシンワアートオークションの梅原龍三郎22点の結末から。当日、所用があって会場には行けず落札結果でしかお伝えできないのが残念ですが、大部分の小品は150万円から350万円、500万円から750万円は裸婦や冨士、姑娘、ナルシスなど。浅間山初雪と夏冨士が代表的図柄ということもあって1450万円に1850万円と値を伸ばし、白眉は伊豆山桃李境から描いた「松と波」約25号が下値3000万円の倍の6000万円で落札されています。12号の晩年の薔薇、下値1500万円は不落札に終りました。要は複数のビッダーが競り合った数点が伸びそれ以外は下値を僅かに上回ったところで息切れてしまった感じです。海外からは新聞でもご覧になったと思いますが、ラファエルロの人物画習作が約41億円で落札されています。新聞紙面では毎日デフレ、デフレと騒がれていますし、内閣支持率も50%を割り込み、来年の市況がおおいに気になる年の暮れです。


今月の新着


安井曽太郎「花と太陽」水彩、コラージュ 69×69cm

風呂敷のデザイン画でしょうが、なかなか洒落たものです。黒の格子はモンドリアン風で、切り張りした花や太陽はマチスの晩年のジャズシリーズを連想させます。さすが大家ですね。2010年の年賀状にちゃっかり借用しました。


株式会社 兒嶋画廊

〒106-0032 東京都港区六本木7-17-20 明泉ビル201
TEL&FAX 03-3401-3011
E-mail eakojima@gmail.com
URL  http://www.gallery-kojima.jp/

2009年11月20日金曜日

2009年11月号

薄紅葉 櫨が入日に枝をのぶ  水原秋桜子


児島善三郎作「樋口付近」昭和21年 キャンバス小品 個人蔵






志村ふくみ 「冬青」


初冬 「赤」二題


善三郎の「樋口付近」は戦後すぐに耳納山麓の筑後平野の大きな櫨(はぜ)の木を描いています。櫨の木は木ロウが取れるため江戸時代から藩が奨励して植え付けられたそうです。九州に帰っても福岡市は空襲で焼け野原になり実家の児島本も消失していました。まさに「国敗れて山河あり」の心中であったろう事が小さな画面からもひしひしと伝わってきます。引用はまた秋桜子です、余程因縁が深かったのでしょうか。住んでいる国分寺市の商工祭りで、佐渡の姉妹都市から来た魚市に早朝から並び晩菜を求めた。向かい側の植木市にも足を展ばす。沢山ある庭木のなかに赤い可憐な実を枝先からぶら下げた冬青の木が目に飛び込んできた。「冬青」という志村ふくみさんの着物を所持しているので冬青(そよご)という木の名前と字を知っていた。先生が著作「母なる色」の中に冬青という一文を書かれているが、冬青は赤い実からではなく緑の葉から不思議なことに渋いピンクが染め上がるそうだ、桜や梅は花の色を蓄えている開花前の枝からピンクの色が抽出される、それは木の命を頂くことだと「一色一生」の中で書かれている。冬青のピンクをその特徴から「大人のピンク」「半音のピンク」「銀髪の婦人に似合うピンク」とたとえている。入日に僅かに残った紅葉を揺らせている櫨と冬青の可憐な実、静かな日本の秋から冬への風情が滲みわたってきます。二つの「赤」は漂泊の詩人や聖たちが、すべてを捨て去ろうとしながらも、目と心に焼き付いて離れなかった里の灯のようにも思えます。


市場から

11月21日のシンワオークションには一寸と興味が湧きます。際立った名品はありませんが、そこそこの梅原龍三郎のコレクションが22点一挙に出品されるからです。私どもの業界では、以前より洋画の梅原龍三郎と日本画の横山大観の絵が、その時々の相場のバロメーターとして注目されて来ました。その訳はといえば、まず名前がデカイ、どちらも長命だったせいもあり作品数が多い、昔からお金持ちが欲しがるなど理由は簡単です。梅原といえば、まずは「薔薇」、「冨士」、「浅間」が浮かびますし、もちろん良い時代の「北京」や「カンヌ」は有名です。あこがれた師がルノワールというのもなんとなくカッコイイ。画風からして金襴のドテラを着て松阪牛のスキヤキを食ってるっていう豪華さがあります。かたや、大観はなんといっても富士山と海に日の出、松と桜に紅葉の屏風と日本人が大好きな画題ばかり沢山あり、愛国心もくすぐります。その結果、この両大家の作品を両方扱う業者の数も多いという事になります。交換会(業者同士の市場)にはしょっちゅう出て来るし、相場が上げ潮のときは真っ先に上げるし、下げの局面でも結構実需に支えられ強いという結構な銘柄なのです。ですから、この両銘柄が売れないとか安く買えるというときは物凄く景気が悪いと思わなくてはいけません。とは言ってもお金持ちだって時代が変われば趣味も好みも変わるだろうとお考えでしょうが、まずほとんどこの五十年間は変わりませんでした。そんなこんなで21日の結果にはやはりひかれます。本心から言えばブレークして欲しいのかな、やっぱり。後は特にご報告するようなことはございません。



今月の新着


児島善三郎「林檎」SM 1946年頃





筒描「波兎」明治時代 145 x137 cm



株式会社 兒嶋画廊
〒106-0032 東京都港区六本木7-17-20 明泉ビル201
TEL&FAX 03-3401-3011







2009年10月20日火曜日

2009年10月号



わがいのち菊にむかひてしずかなる  水原秋桜子



         児島善三郎作「菊」1942年 90.0×72.0cm 個人蔵



大型の台風18号と入れ替わりに秋の冷気が列島に降りてきました。この時期、昔ほどではないにしても農家や市内の家の門前に大輪の菊花や懸崖が並びます。丹精を込めた其の姿は美しい。佛花に供されたり、葉や茎の臭いのせいで嫌う人もいますが、日本人には又特別な意味を持って観照される花でもあります。善三郎がこの菊の絵を描いたのは太平洋戦争中の昭和17年です。先月号で述べましたように、この頃の善三郎は個性の放逐をお題目のように唱え、「スナヲニカク」という事を自身に果たしていたようです。前々年の紀元二千六百年奉祝美術展に出品された「松桜図」「武蔵野」や「涼風」に見られるおおらかさに比べて、この絵では写実性というか日本主義的というか時局の影響が強く感じられます。バックの根来朱にしてもそうですが、壺にしても主に中国や李朝のものを好んで使っていたのに、此処では赤絵の古伊万里を用いています。あたかも古武士が居合いの型で正面を切って、「さあ、どこからでも打ち込んで来い」と言っているような凄みが感じられます。戦争画を一点も描かなかった、静かなる愛国者のせめてものプロパガンダだったのかもしれません。冒頭の秋桜子の句もいつの時代に詠まれたものでしょうか。気になるところです。


市場から

9月25日の全美相の大会と10月15日の日本洋画商協同組合の大会の結果、ご報告するのを楽しみにしておりましたが、いつまで続く泥濘ぞという相場です。25日で目に付いたのは小磯良平の婦人像8号2200万円ぐらいで、後1000万円を超えたのは梅原一点だけだったと思います。
15日は一番高かったのがフォンタナのドローイングが380万円、香月泰男のアザミ小品が360万円、山口長男1954年3号が300万円といった具合でなんとも寂しい限りです。16日にNYのサザビーズ11月4日のメインセールのカタログが届きました。エスティメートで目を引いたのはカンディンスキー1932年の大作「ドラマチックアンドマイルド」の600万ドル、ピカソの1969年の120号「男の像」の800万ドル、ジャコメッティーのエトルスク風の針金のような彫刻が800万ドルなどで、あと日本円で1億から3億円はごろごろという感じです。これでも客付けのため下値は相当抑えてつけているでしょう。ビットが集中する作品は値を飛ばすことでしょう。円高メリットまだまだ利用できるのでは無いでしょうか。ご用命をお待ちしております。



今月の新着


                  
                      藍染着物 絞り、柳、干網文 130x139cm



江戸時代は固いところでしょう、綿の単衣ですが浴衣にはとても見えません。小袖のデザインといっても不思議はありません。しっかりとした絞りの技と一寸グレーがかった縹色が素敵です。






                     
                          山口長男 1954年「かたち」3号
 
山口長男先生の1954年の小品「かたち」

3号大のベニヤ板に油絵の具がしっかりのって描かれています。このスタイルが出来上がった時期の作品です。本人の字で「かたち  昭和二十九年七月 山口長男」と裏書があります。山口先生には開業早々に水彩と油絵の展覧会をお願いしたこともありとても懐かしく感じます。 個人的には児島の児の字の象形のように見え大変気に入っています。


 

 

2009年9月20日日曜日

2009年9月号




           
           「秋の色糠味噌壺もなかりけり」  芭蕉



           児島善三郎作 「初秋」1939年 12号 個人蔵


なんじゃ これ!ってと思わせる芭蕉の句です。歳時記に因れば、加賀在の弟子句空の依頼で兼好像の画賛に芭蕉が詠んだもので、詞書に「庵に掛けむとて句空が書かせける兼好の絵に」とあるそうです。兼好が徒然草の中で「後世を思わん者は、糂粏瓶一つも持つまじきことなり」と述べていることに掛けて句空に送ったものです。澄み渡った秋の空の下、全てを捨て去った無の境涯を詠んだものです。掲出の「初秋」が描かれた昭和14年頃までの善三郎は対象とする風景を現場で写生しながらも、まるで粘土を手でひねり貼り付けるように丸や三角の形に様式化したり記号化して画面を構築してきました。この方法は児島様式とか善三郎調とか呼ばれて評判を博しましたが、この絵の頃から本人はこのような個性化に疑問を持ち始めます。大自然の深奥に潜む摂理や普遍性までをも描くこと、「一番大切なことは、画面の後に脈々たる生命が充満しているか否かです。額縁の外の森羅万象と自分の絵が相呼吸しあっているか否かです。」作家はなおも自問します。「私は今、個性の没却ということを考えています。尤も画家が全然個性を失して絵を描くことは出来ませんが、現在のように一人の作家の特異性が個性と同じに取り扱われてはならないと思います。私は、その特異性と棒引きしても、なお個性が厳然としていてこそ、その絵に大きな価値があるのだと思います。」(昭和15年 大久保泰氏宛て書簡より)確かに、この絵の空を飛ぶのには糠味噌壺を抱えたままではとても無理そうな気がします。捨棄の精神は仏陀が説かれたものですが、平安時代以降日本人の中に長く受け継がれてきました。


市場から

「視界不良」これはしょうがないでしょう。政権交代で既得権を剥奪して庶民にお金をばらまくという、まるで義賊のような事をマニフェる民主党の政治がどう経済に影響するのか万民が見据えようとしているところでしょう。富の移動が起こるのでしょうか、いずれにしても私どもの業界には良い効果は期待できないように思います。救いといえば潜在的インフレ圧力ぐらいでしょうが、現実にはこのところのデフレ圧力の強さに正直いってへコタレそうです。雇用と資産の劣化が止まらないと底無しのデフレスパイラルに突入してしまいます。世界の政治はこれを回避出来るのでしょうか。一歩間違えれば天井無しのインフレ、「とかくこの世は住みずらい」てな事にならないよう民主党とオバマさんに祈りましょう。25日には全美相の大会、10月15日には洋協の大会があります。本年後半の相場が見えてくると思います。又、ご報告いたします。



今月の新着


児島善三郎作「小さな花」4号


コジマチスと呼びたくなるような愛らしい小品です。1957年のミモザの名品と同時期に描かれたものと思います。






               大袱紗 明治時代 絹地友禅


束ね熨斗文様に高砂の大袱紗。手描き友禅に縫い箔、ダイナミックでゴージャスな老後世界ですね。